12月には、いつもアスティ徳島さんで公演させて頂いております。
東京より出発して、また東京に戻るというスケジュール。
ちなみに今回の演目は『オズの国は夢の国』です。

暖冬と予想されたわりに、めちゃくちゃ寒い今日この頃。
実際この移動日から数日間、日本列島の各地に雪マークが並びました。

TAKUMA隊長率いる車両班3人がまず先駆けて移動。
途中雪に降られたものの、夜には徳島に辿り着きました。
翌日は会場で搬入、設営。
そして高速バスで移動の他のキャストたちも
遅れはしたものの、なんとかリハーサルまでに会場入り出来ました。

公演は無事終わり、急いで帰る人たちは深夜バスに。
他のメンバーは翌日、東京まで車で移動するという段取りです。


ちょうどこの頃、日本列島には北極から氷点下40度の寒波が流れ込み、
名古屋より西側に記録的な大雪を降らせ始めました。

運転手でもあるTAKUMA隊長は、翌朝
通常ならもう東京に着いているはずの深夜バス組のキャストからの連絡を受けました。
<TAKUMA-メモ>
12/19 6:52a.m.
NAOより連絡入る。『バスが止まっています。この先進めないため米原でUターンして徳島に戻る様です。』とのこと。3名の無事を祈る。

これが長い1日の始まりでした。

<TAKUMA-メモ>
同日 9:00a.m.車両組5名、ホテル出発。
名神高速、栗東〜豊田(147km)間通行止め、名阪通行止め、伊勢湾道通行止め、名古屋高速全線通行止めの状態を知りつつ出発。
前途多難の道程を車両班は出発。
しかし当然のごとく足止めをくらい、それ以上の進行を断念。
<TAKUMA-メモ>
同日 11:30a.m.車両組、新大阪から新幹線の方向で決定。今だバスは微動だにせず。
同日 13:00p.m.車両組4名と新大阪駅にてお別れ。車両、路上にて待機。
このまま車移動を続けても先が見えない状況のため、TAKUMA隊長は自分一人残り
他のメンバーを新幹線で帰す段取りをつけました。

しかしそれよりも心配なのは、前日の夜出発したはずの深夜バス組の3人。
今日の昼間に別の仕事があったため先に移動した人もいたはず。
果たして大丈夫だろうか‥。
連絡も思うように取れず、TAKUMA隊長は、どのようにでも対応出来るように、
ひとり車の中で情報を待ちました。

その頃‥。
寝ても覚めても同じ風景の中、車内に閉じ込められていたハイウエイバスののメンバーは‥。
(以下深夜バス組のNAOのメモ)

<NAO-メモ>
ずっとトンネル内で止まっていて外の様子もわからずシャバの空気が吸いたくて外に出たのです。(右写メール撮影)

『…寒っ』

初雪見れて嬉しいやら自分達のおかれた状況を実感し茫然とするやら…。バスに戻り魔女とライオン(←役名)と雑談。そして宣言。

『あたし7時、いや4時になってもこのままなら、先頭までいって雪食べるよ!除雪するよ!』

しばし、「近くのトラックの中身はなんだろう」とか「一揆を起こそう」とか「救援物資はいつくるだろう」とか「名古屋に大雪を吐く怪獣がいる」とかバカな話で盛り上がる。

昼を過ぎても動かない。
途中少〜しだけ進んでトンネルから顔出した状態でまたストップ。
一面の銀世界の為眩しいし寒い…

<TAKUMA-メモ>
同日 14:30p.m.バスが200m動いたとの報告あり。車両待機。

<NAO-メモ>
暴れると予告した4時になった頃には
喋る元気もなくバスのシートで毛布かぶって横たわっておりました。
『果報は寝て待て』そんな言葉が頭をかすめる。

もう徳島土産のお菓子も底を尽きそうだし、バスにある水もいつなくなってしまうかわからない。
下手に消耗するより寝た方がいいに決まっている。

これはもう渋滞じゃない…遭難だ。

運転手さんがバス会社の本社と連絡を取り合っているのが聞こえる。
−あんじぇん運転でーを連呼している。
その声で、あぁ、来たときと同じ運転手らしいと気付く。来るときも雪が降り徐行運転で遅れたのだ。

そしてこれはバスを降りた時に聞いた話だが、出発する時こりゃ雪降って無理なんじゃないか、
やめた方がいいんじゃないかと言う現場の運転手に対して
本社は大丈夫大丈夫とかる〜くゴーサインを出したらしい。

私たちは思った。
『雪は会議室で降ってるんじゃない!現場で降ってるんだ!
除雪車すら現場で役に立たないんだ(号泣)!』

そのころ、東京の事務所から携帯に電話しても、皆バッテリー切れのため、電話に出られず。
バス会社に連絡しても、現状がはっきりしない状態が続き、非常に心配してました。


しばらくの後、

十数時間、雪景色の中で膠着していたバスも、ノロノロながら前に進みはじめたようです。

<TAKUMA-メモ>
同日 16:15p.m.バスが米原より降り、一般道を走って京都へ向かっているとの報告。
同日 17:00p.m.頃新幹線組、東京到着、30分遅れとのこと。

同日 18:00p.m.頃、バスは再び高速に乗り、京都へ向かうとのこと、
   多賀サービスエリアで20時間ぶりの食事がとれるとのこと。車両、京都へ向かう。もしもの時の宿を確保する。
   車両、吹田のICの渋滞に巻き込まれる。

同日 19:25p.m.バス、京都駅到着、車両も同時に到着。19:46発の新幹線のチケットがとれたと報告。
    私の携帯のバッテリーも息絶える。

<NAO-メモ>
夜になりなんとか私たちは京都から新幹線で帰る事が出来た。しかし、あのあと徳島に戻っていったバスではまだ地獄が続いていたに違いない…合掌。

「たいへんだったね」とは言いつつ、20数時間バスに閉じ込められた精神的苦痛(食事は1回だけだと)は
当事者じゃなければ想像つきません。
みなさん、本当におつかれさまでした。


以下は、劇団員専用の掲示板に書き込まれた帰還者たちの報告です。

(354) 無事帰還 名前 : UEGO 2005年12月19日(月) 22:35
バスに揺られること22時間。結局東京には向かえず京都で途中下車。そこから新幹線に乗り、無事に東京に着いたどぉぉ!o(^o^)o
いや〜 長かったですが帰れてなによりです。 心配して頂きましてありがとうございますm(_ _)m
あとはTAKUMAさんが無事に着くのを祈るばかりです。


(355) ワレカエル 名前 : NAO 2005年12月19日(月) 23:13
サッキヤット イエニ ツイタ
オレ コンナニ バスニノッテタノ ハジメテダ
バスカラ サル イッパイ ミエタ
ウマソウ ダッタ
トニカク ミンナ オツカレサマ デス
タクマサン ブジ キカン イノル
オヤスミ


(356) そして伝説が… 名前 : BAYASHI 2005年12月19日(月) 23:36
バス組無事帰還おめでといぃ!ここにまたひとつ伝説が生まれた!とにかくなんかすごかった。ホント神様の意地悪…。私は最寄りの駅でチャリとめてたら撤去…ホント神様の意地悪!!とにかくおつかれさん。


(357) 帰ってきたよ 名前 : サバイバーZ 2005年12月19日(月) 23:43
はぁー…、皆さんご心配をおかけしました。無事帰ってきました。0泊3日だよ…。
明日、今月の交通費やらバス代払い戻しの件などで事務所に夕方ころお邪魔します。よろしくお願いします。おやすみなさい。明日、その際にオズ人形たちの後処理ができればよいのですが…


さて。
ひとり車と共に京都に取り残されたTAKUMA隊長のその後ですが‥。

<TAKUMA-メモ>

同日 20:30p.m.ホテル泊。
同日 22:15p.m.バス組3名東京着の報告を受ける。
同日 23:00p.m.名神高速、今だ通行止め。
   12/20 7:00a.m.名神高速が通行止め解除しているとの情報を得る。
   しかし、名阪道、伊勢湾道、名古屋高速は未だに通行止め。名阪経由で帰る予定を名神に戻す。

同日 9:00a.m.京都のホテル発。 
同日 10:30a.m.頃問題の豪雪地帯を徐行する。
   途中、名古屋の渋滞で3時間、東京の首都高速の渋滞で2時間を費やし、
同日 19:00p.m.事務所着。


1日先に帰ってきたメンバーを含め、事務所で7名でTAKUMAさんの帰還を出迎えました。
長い長い5日間。
本当にごくろうさまでした。

<NAO-メモ>おまけ
 今回に関しては他にもこんなエピソードがあります。レポートはまた後日ということで。

 ◇ 柿食い猿との遭遇
 ◇ 心暖まる同乗した他の客との交流記
 ◇ 携帯のバッテリー奮闘編
 ◇ 目あけて眠る人々‥

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